卵かけご飯の思い出

日常

ブログの週一更新を早速すっかり忘れていました。。とりあえず先週分を急いで更新して、今週中にもう一本書きます。。

僕は卵が苦手で、ゆで卵や目玉焼きは食べられないのだが、昔から卵かけご飯が好きだった。実はあれは卵を食べているのではなく、しょうゆを食べているのであって、卵はつなぎに過ぎない。よくおかずとご飯を食べ終わった後に、まだお腹に余裕があれば卵かけご飯をしていた。

父親も卵かけご飯が好きだった。しかし彼の卵かけご飯のやり方は独特だった。卵の白身を捨て、黄身だけの卵をご飯に二つ乗せて、その後ご飯と醤油をかき混ぜて食べるのだ。

僕自身は卵の白身があまり好きではなかったし、白身抜きの卵かけご飯はビジュアルも優れているので、僕も試したかったが、母親が許さなかった。子供のくせに食べられる白身を捨てるような勿体ない事は許さないというのが彼女の言い分だった。

なぜ父親は良いのか

当然僕は、父親がやっているのはなぜいいのかと聞いた。彼女は父親が食べている卵かけご飯は、彼が自分の力で稼いだお金で買ったものだから好きにしたらいいが、お前ら子供は違うからダメだということだった。

いつもそうだった。彼女は、飯を自分で稼いで食えないうちは、この家ではお前らに発言権はないと口癖のように言っていた。父親は自分の力で稼いだ金だから、その範囲では何をしても良いと甘やかされていた。

何かにつけて父親の意向が最優先され、子供の意向や意見は後回しだった。それに強烈な不満があったわけではなく、面倒なので特に抗う事もなく、お金を自分で稼げるようになったら、面倒なこの家を必ず出て、好きに振る舞おうと思っていた。そもそも彼女は、我々が物心ついた時から、大学を卒業したら家を必ず出るようにと口を酸っぱくして言っており、物心がついた頃から子供全員に約束させていた。

しかし、彼女は、もし自分で金を稼いで飯を食えるようになったら、その後の人生については一切口を出さないから、好きにすればいいとも常々言っており、その約束は確かに独立後も遵守された。とはいえ、それでも白身抜きの卵かけご飯は食べてみたかったので、何度かお願いしたが、回答は変わらず、自分の金で飯を食えるようになったら、やればいいと言われた。

大学になったらバイトをするようになったので、卵かけご飯はやろうと思えば出来るようになったが、独立して本当に自分の金だけで飯が食えるようになったら記念として、白身抜きの卵かけご飯をやろうと思った。こちらも意地になっていた。

そして就職後

会計士試験に手こずったため、両親から独立して上京したのは、24歳の終わり頃になってからだった。東京に引っ越しをして落ち着いた頃に、待望の白身抜きの卵かけご飯を食べる事になった。食べてみて驚いた。黄身はパサパサして、単独ではつなぎとして機能せず、あまり美味しくなかった。20年近く憧れていた白身抜きの卵かけご飯の味はイマイチだった。

しかし、ずっと憧れていた味だったので、その後もたまに白身抜きの卵かけご飯はやっていた。あれを食べる事で、自分は両親から独立して一人でやれるようになったんだと思う事ができたからだ。

結局は兄弟3人とも就職して家を出て、今では皆が東京にいる。母は、白身抜きの卵かけご飯まで禁ずることで、子供たちの自立を徹底的に促し、我々がニートになる事を防ぎたかったのではないかと今では思う。僕らは、本当に5歳ぐらいからずっと、金を稼げるようになって家を出ろと言われ続けてきたのだ。

カテゴリー

アーカイブ